就業規則を初めて作る会社や、ひな形をもとに整えようとしている会社では、次のような点がよく問題になります。
- 何から手を付け、どの順番で進めればよいのか
- 厚生労働省のモデル就業規則や市販のひな形を、そのまま使ってもよいのか
- ひな形に頼ると、どのような問題が起きるのか
- 従業員代表の意見聴取や届出は、どの段階で行うのか
この記事では、労働基準法第89条・第90条と労働契約法第12条を根拠に、作成の手順と、ひな形に頼りすぎたときのリスクを整理します。常時10人以上の事業場で新たに作成する場面を前提とし、既存の就業規則を従業員の不利益に変更する場面は扱いません。内容は、2026年10月時点の法令に基づいています。
この記事の結論
就業規則は、現状の把握、ルールの決定と起案、過半数代表者からの意見聴取、労働基準監督署への届出、従業員への周知の順で作ります。
ひな形は記載漏れを防ぐ参考資料として役立ちますが、そのまま使うと規定と実態が食い違います。特に実態より手厚い定めは、それを下回る扱いが無効となるため、就業規則の基準として会社を拘束するおそれがあります(労働契約法第12条)。
条文の根拠
(作成及び届出の義務)
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
(各号略)
(作成の手続)
第九十条 使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
2 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。
(労働基準法第89条・第90条)(就業規則違反の労働契約)
第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
(労働契約法第12条)
作成と手続の義務は労働基準法が、就業規則と個々の労働契約の関係は労働契約法が定めています。
就業規則は、条文を書く前に今の労働条件を洗い出すところから始める
作成の中心は、条文を書くことではなく、自社のルールを決めることです。起案までは次の3段階で進めます。
(1) 今の労働条件と運用を書き出す
雇用契約書や労働条件通知書、賃金台帳、勤怠の記録、締結済みの労使協定を集めます。口頭で続いている慣行も書き出します。
たとえば飲食店で、正社員は月給制の固定勤務、アルバイトは時給制の週ごとのシフトという場合です。始業・終業の時刻や賃金の締日が雇用形態ごとに違い、1つの条文にまとめられないことが、この段階で分かります。
(2) 法定の記載事項に沿って、自社のルールを決める
就業規則には、必ず記載する事項と、定めをする場合に記載する事項があります(労働基準法第89条)。
- 必ず記載する事項:始業・終業の時刻、休憩、休日、休暇、賃金の決定・計算・支払の方法、退職(解雇の事由を含む)など
- 定めをする場合に記載する事項:退職手当、賞与、安全衛生、表彰・制裁など
分類の詳細は「就業規則には何を書くべき?「絶対的必要記載事項」と「相対的必要記載事項」の違い」で整理しています。
(3) 起案したら、法令・労使協定・契約書と突き合わせる
就業規則は、法令や労働協約に反してはなりません(労働基準法第92条第1項)。起案後は、割増賃金率などの法定基準、締結済みの労使協定、個々の労働条件通知書と照らし合わせ、食い違いを直します。
ひな形をそのまま使うと、規定と実態が食い違い、会社に不利に働く
ひな形は、一般的な事業場を想定した参考例です。自社の実態を確かめずに採用すると、次の3つの食い違いが生じます。
(1) 実態より手厚い定めが、労働条件の最低基準になる
就業規則の基準に達しない個別の労働条件は、その部分が無効となり、就業規則の基準によります(労働契約法第12条)。
たとえば小売業で、ひな形どおり「結婚休暇5日(有給)」と定めたまま、実際は無給で扱っていたとします。従業員から有給での取得を求められれば、有給で与える義務を負うおそれがあります。
(2) 就業規則に書くだけでは使えない制度がある
原則として、法定労働時間を超えて働かせたり、法定休日に働かせたりするには、就業規則とは別に36協定が必要です。過半数代表者等と書面で協定を結び、労働基準監督署へ届け出ます(労働基準法第36条第1項)。1年単位の変形労働時間制も、労使協定の締結と届出が要件です(同法第32条の4第1項・第4項)。
ひな形に条文があるだけでは、これらの制度は使えません。36協定の上限は「その残業、法律違反かも!時間外労働の上限規制と罰則をわかりやすく解説」で解説しています。
(3) 自社に必要なルールが抜け落ちる
マイカー通勤、副業、テレワークなど、ひな形にない自社特有の事項は、自分で定めなければ空白のままです。
業務命令ができる範囲は、合理的な就業規則の規定を含む労働契約の内容によって決まる、という考え方が判例で示されています(後述の関連判例)。定めのない事項について命令や処分をしようとすると、その根拠が問われます。
手続き上の義務(意見聴取・届出・周知)
起案した就業規則は、次の手続を経て運用を始めます。
- 意見聴取:過半数で組織する労働組合、ない場合は過半数代表者の意見を聴きます(労働基準法第90条第1項)。代表者は、就業規則の意見聴取の代表者を選ぶことを明らかにしたうえで、原則として管理監督者以外から投票・挙手等で選びます。使用者の意向で選んではなりません。管理監督者以外の労働者がいない事業場では、就業規則の意見聴取については、この選出方法を満たす者を代表者にできます(労働基準法施行規則第6条の2第1項・第2項)。同意を得ることまでは求められていません。
- 届出:代表者の氏名を記載した意見書を添えて、所轄の労働基準監督署長へ届け出ます(労働基準法第90条第2項、同規則第49条第1項・第2項)。電子申請も利用できます。
- 周知:掲示・備付け、書面の交付、電子データを常時確認できる機器の設置のいずれかの方法で周知します(労働基準法第106条第1項、同規則第52条の2)。
内容を変更したときも、意見聴取と届出が必要です(労働基準法第89条、第90条第1項)。人数の数え方や本社一括届出は「就業規則の作成義務は何人から?「常時10人以上」の判断基準」で解説しています。
違反した場合の罰則
罰則は、行為ごとに条文が対応します。
- 就業規則の作成・届出をしない(第89条違反):30万円以下の罰金(労働基準法第120条第1号)
- 過半数代表者等の意見を聴かない(第90条第1項違反):30万円以下の罰金(同号)
- 就業規則を周知しない(第106条第1項違反):30万円以下の罰金(同号)
また、労働基準監督署長は、法令に抵触する就業規則の変更を命じることができます(同法第92条第2項)。この命令に違反した場合も、30万円以下の罰金です(同法第120条第3号)。
補足:モデル就業規則は、実情に応じて直す前提で公開されている
厚生労働省は、モデル就業規則(令和7年12月版)を公開しています。同省のページは、規程例や解説を参考に「各事業場の実情に応じた就業規則」を作成・届出するよう案内しています。
モデルは、法改正の反映や記載漏れの確認に使うと効果的です。採用する条文ごとに、自社の運用と一致するかを確かめてください。
関連判例
電電公社帯広局事件(最高裁判所第一小法廷 昭和61年3月13日判決、昭和58年(オ)第1408号、集民147号237頁)
頸肩腕症候群の長期罹患者である公社職員が、入院を伴う精密検診の受診命令を拒否したことなどを理由に、戒告処分を受けた事案です。最高裁は、就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎり、その規定は個々の労働契約の内容になるとしました。就業規則等に基づく健康管理上の義務と、検診の合理性・相当性も認めました。そのうえで受診命令を有効とし、戒告処分を適法と判断しました。
健康管理上の業務命令についての判断であり、就業規則に書けばどのような命令も有効になる、とした判決ではありません。
よくある実務事例Q&A
Q1.ひな形どおりに「日曜日の出勤は3割5分増し」と定めましたが、実際は土日の両方に出勤した場合しか払っていません。どうなりますか
就業規則の定めが基準となり、それを下回る扱いは認められないおそれがあります。
休日労働の割増賃金は、法定休日の労働について3割5分以上と法律が定めています(労働基準法第37条第1項、同項に基づく政令)。会社が就業規則でこれを上回る条件を定めること自体は自由です。ただし、一度定めた以上、その定めが労働条件になります。就業規則の基準に達しない労働条件は、その部分が無効となり、就業規則の基準によります(労働契約法第12条)。従業員から規定どおりの支払を求められると、実態を理由に断ることは難しくなります。
ひな形の割増規定は、自社の休日の定めや運用と照らして書き直してから採用してください。後から労働条件を不利益に変更するには、原則として労働者との合意が必要です。合意なく就業規則を変更する場合は、変更後の規則の周知と、変更の合理性などが必要です(労働契約法第9条・第10条)。
Q2.就業規則のデータを社内の共有フォルダに保存しています。これで周知したことになりますか
保存しただけでは、周知として足りないおそれがあります。
電子データで周知するには、各作業場に、従業員がその内容を常時確認できる機器を設置する必要があります(労働基準法施行規則第52条の2第3号)。就業規則を労働契約の内容にする効果も、労働者に周知させていたことが前提です(労働契約法第7条)。
実務では、保存場所と閲覧の方法を従業員に知らせておくと安全です。備え付けで周知する場合の考え方は「就業規則の作成義務は何人から?「常時10人以上」の判断基準」で解説しています。
参考資料・出典
- 労働基準法第89条 ほか(e-Gov法令検索)
- 労働基準法施行規則第49条 ほか(e-Gov法令検索)
- 労働契約法第12条 ほか(e-Gov法令検索)
- 労働基準法第37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令(e-Gov法令検索)
- 最高裁判所第一小法廷 昭和61年3月13日判決(裁判所ウェブサイト)
- 厚生労働省「モデル就業規則について」
- 厚生労働省「就業規則の作成にあたって、どのような手続を取ればよいのですか?」(スタートアップ労働条件)
- 厚生労働省「労働基準法等の規定に基づく届出等の電子申請について」
最終確認日:2026年10月18日




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