毎月の給与計算では、総支給額からさまざまな項目を差し引いて手取り額を出します。担当になったばかりの方からは、次のような疑問がよく出ます。
- 法律で差し引ける項目と、労使協定が必要な項目はどう違うのか
- 社会保険料は、いつの月の分をどの給与から引くのか
- 退職月や40歳になった月は、何か月分を控除するのか
- 雇用保険料や所得税は、どの金額をもとに計算するのか
この記事では、健康保険法・厚生年金保険法などの規定を根拠に、控除項目の種類と社会保険料の控除ルールを整理します。
この記事の結論
給与から差し引く項目は、法律に根拠がある法定控除(社会保険料・雇用保険料・所得税・住民税)と、労使協定を結んで行う労使協定による控除に分かれます。
健康保険料と厚生年金保険料は、標準報酬月額に料率を掛けて労使で半分ずつ負担し、原則として前月分を当月の給与から控除します。雇用保険料と所得税は、その月に支払う給与の額をもとに計算します。
条文の根拠
(保険料の源泉控除)
第百六十七条 事業主は、被保険者に対して通貨をもって報酬を支払う場合においては、被保険者の負担すべき前月の標準報酬月額に係る保険料(被保険者がその事業所に使用されなくなった場合においては、前月及びその月の標準報酬月額に係る保険料)を報酬から控除することができる。
2 事業主は、被保険者に対して通貨をもって賞与を支払う場合においては、被保険者の負担すべき標準賞与額に係る保険料に相当する額を当該賞与から控除することができる。
3 事業主は、前二項の規定によって保険料を控除したときは、保険料の控除に関する計算書を作成し、その控除額を被保険者に通知しなければならない。
(健康保険法第167条)
厚生年金保険法第84条も、厚生年金保険料について同じ内容を定めています。雇用保険料は、次の規定が根拠です。
(賃金からの控除)
第三十二条 事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、前条第一項又は第二項の規定による被保険者の負担すべき額に相当する額を当該被保険者に支払う賃金から控除することができる。この場合において、事業主は、労働保険料控除に関する計算書を作成し、その控除額を当該被保険者に知らせなければならない。
(労働保険の保険料の徴収等に関する法律第32条第1項)
給与から差し引く項目は「法定控除」と「労使協定による控除」に分かれる
控除項目は、法律に控除の根拠があるかどうかで2つに分かれます。
- 法定控除:健康保険料(介護保険料・子ども・子育て支援金を含む)、厚生年金保険料、雇用保険料、所得税、住民税
- 労使協定による控除:社宅費、親睦会費、貸付金の返済など
労働基準法第24条第1項は、賃金を全額支払うことを原則としています。法令に定めのない控除を行うには、過半数労働組合または過半数代表者との書面による協定が必要です。協定は、全額払いの原則の違反を免れるための手続きです。実際に控除するには、就業規則・労働契約・本人の同意など、控除の根拠もあわせて確認してください。
社会保険料は標準報酬月額に料率を掛け、労使で半分ずつ負担する
健康保険料と厚生年金保険料は、毎月の実際の支給額ではなく、標準報酬月額をもとに計算します。標準報酬月額は、報酬を一定の幅で区切った等級ごとの金額です。
保険料は、被保険者と事業主がそれぞれ2分の1ずつ負担します(健康保険法第161条第1項、厚生年金保険法第82条第1項)。
(1) 健康保険料には介護保険料と子ども・子育て支援金が加わる
健康保険料率は、協会けんぽの都道府県支部や健康保険組合ごとに異なります。40歳以上65歳未満の被保険者は、介護保険料もあわせて負担します(介護保険法第9条第2号、健康保険法第156条第1項第1号)。
2026年4月分からは、子ども・子育て支援金も健康保険料とあわせて徴収されています。協会けんぽの支援金率は0.23%で、4月分(5月納付分)から適用されています。支援金率は各年度に保険者が定めるため(健康保険法第160条の2第1項)、健康保険組合の支援金率は組合ごとに確認が必要です。
(2) 厚生年金保険料率は18.3%で固定されている
厚生年金保険料率は、2017年9月分以後18.3%です(厚生年金保険法第81条第4項)。
標準報酬月額が30万円なら、保険料は54,900円です。本人負担はその半分の27,450円になります。
社会保険料は前月分を当月の給与から控除する
(1) 控除するのは前月の標準報酬月額に係る保険料
給与から控除できるのは、前月分の保険料です(健康保険法第167条第1項、厚生年金保険法第84条第1項)。
例えば4月分の保険料は、5月に支払う給与から控除します。入社した月に支払う給与には前月分の保険料がないため、社会保険料は控除しません。入社月分は翌月の給与から控除するので、控除漏れに注意してください。
(2) 月末退職の場合は最後の給与から2か月分を控除できる
被保険者の資格は、退職日の翌日に失われます(健康保険法第36条)。資格を失った月の保険料はかかりません(同法第156条第3項)。
そのため、4月30日に退職すると資格喪失日は5月1日となり、4月分まで保険料がかかります。この場合、最後の給与からは、3月分と4月分の2か月分を控除できます(健康保険法第167条第1項のかっこ書き)。最後の給与の支払日が退職日より前の場合の扱いは、Q2を参照してください。4月20日退職なら、保険料は3月分までです。
雇用保険料と税金は、その月の支給額をもとに計算する
(1) 雇用保険料は支払う賃金の額に料率を掛ける
雇用保険料は、標準報酬月額ではなく、その月に支払う賃金の額に料率を掛けて計算します。2026年度(2026年4月〜2027年3月)の一般の事業の労働者負担は1,000分の5です。賃金が30万円なら、控除額は1,500円です。
(2) 所得税は社会保険料等を差し引いた後の金額で求める
所得税は、非課税の通勤手当を除いた給与から社会保険料等を差し引き、その金額を源泉徴収税額表に当てはめて求めます。扶養控除等申告書を提出した人は甲欄、提出していない人は乙欄を使います(所得税法第185条第1項)。
(3) 住民税は市町村から通知された額を控除する
住民税は、市町村から届く特別徴収税額の通知に基づき、6月から翌年5月までの12回に分けて控除します(地方税法第321条の5第1項)。毎月の給与額が変わっても、控除額は通知された額のままです。
退職などで給与の支払いを受けなくなったときは、未徴収の税額を最後の給与や退職手当等から一括して徴収します。
- 1月1日〜4月30日の退職:本人の申出がなくても一括徴収
- 6月1日〜12月31日の退職:本人の申出があるときに一括徴収
いずれも、支払う給与等が残額を超える場合に限ります(地方税法第321条の5第2項)。
手続き上の義務
社会保険料と雇用保険料を控除したときは、控除額の計算書を作成し、本人に通知しなければなりません(健康保険法第167条第3項、厚生年金保険法第84条第3項、労働保険の保険料の徴収等に関する法律第32条第1項)。給与明細には、保険料ごとの控除額を記載しておくことが基本です。
源泉徴収した所得税は、徴収した月の翌月10日までに国へ納付します(所得税法第183条第1項)。特別徴収した住民税も、徴収した月の翌月10日までに市町村へ納入します(地方税法第321条の5第1項)。給与の支払を受ける人が常時10人未満の事業所は、承認を受けると、納付を年2回にまとめられます(所得税法第216条、地方税法第321条の5の2第1項)。
- 所得税:7月10日(1〜6月分)と翌年1月20日(7〜12月分)
- 住民税:12月10日(6〜11月分)と6月10日(12月〜翌年5月分)
承認は、所得税は所轄の税務署長、住民税は市町村長から受けます。
違反した場合の罰則
- 労使協定なしに法令に定めのない控除を行った場合:30万円以下の罰金(労働基準法第120条第1号、第24条違反)
- 正当な理由なく、督促状に指定された期限までに社会保険料を納付しない場合:6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(健康保険法第208条第3号、厚生年金保険法第102条第1項第3号)
- 源泉徴収した所得税を納付しない場合:10年以下の拘禁刑もしくは200万円以下の罰金、またはその併科(所得税法第240条第1項)
補足:年齢と料率の変化は、控除する月とずれて反映される
社会保険料は前月分を控除するため、年齢や料率の変化は1か月遅れて給与に表れます。
- 40歳に達した月(誕生日の前日が属する月)分から介護保険料が加わり、翌月の給与から控除が始まります。
- 65歳に達した月分から、健康保険料とあわせた介護保険料はかからなくなります。
- 協会けんぽの健康保険料率の改定は3月分(4月納付分)からで、4月に支払う給与から新しい料率で控除します。
給与計算ソフトの設定を変える月を、保険料の対象月と取り違えないよう注意してください。
よくある実務事例Q&A
Q1.入社月の給料が少なく社会保険料を控除しきれません。会社が立て替えた分を、翌々月の給与から2か月分まとめて控除できますか
原則として控除できません。健康保険法第167条第1項が給与から控除できると定めているのは、前月分の保険料です。前々月分をまとめて控除できる旨の規定はありません。
会社は、控除できなかった分も含めて保険料を納付する義務を負います(同法第161条第2項)。立て替えた分は、本人に支払いを求める形で精算し、方法は本人と話し合って決めてください。法令や協定に根拠のない控除は、全額払いの原則(労働基準法第24条第1項)に抵触するおそれがあります。
Q2.4月30日退職と4月29日退職で、最後の給与から控除する保険料の月数は変わりますか
変わります。資格喪失日は退職日の翌日です(健康保険法第36条)。
- 4月30日退職:資格喪失日は5月1日です。4月分の保険料がかかるため、3月分と4月分の2か月分を控除できます。
- 4月29日退職:資格喪失日は4月30日です。4月分の保険料はかからないため、控除できるのは3月分の1か月分です(同法第156条第3項、第167条第1項)。
最後の給与の支払日が退職日より前の場合の扱いは、加入先の協会けんぽまたは健康保険組合、年金事務所に確認してください。
Q3.今年40歳になる従業員の介護保険料は、いつの給与から控除しますか
介護保険料は、40歳の誕生日の前日が属する月の分からかかります。10月1日生まれの人は前日の9月30日に40歳に達するため9月分から、10月2日生まれの人は10月1日に達するため10月分からです。
前月分を控除するため、実際の控除は、10月1日生まれの人が10月支給の給与から、10月2日生まれの人が11月支給の給与からです。給与計算ソフトの設定が誕生日当日を基準にしていると、1日生まれの人だけ1か月ずれるため注意してください。
一次情報・参考資料
- 健康保険法第167条 ほか(e-Gov法令検索)
- 厚生年金保険法第84条 ほか(e-Gov法令検索)
- 労働保険の保険料の徴収等に関する法律第32条 ほか(e-Gov法令検索)
- 所得税法第183条 ほか(e-Gov法令検索)
- 地方税法第321条の5 ほか(e-Gov法令検索)
- 全国健康保険協会「協会けんぽの子ども・子育て支援金率について」
- 全国健康保険協会「介護保険制度と介護保険料について」(茨城支部)
- 厚生労働省「雇用保険料率について」
- 国税庁「令和8年分 源泉徴収税額表」




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