退職金の準備を始めたいが、どの制度を選べばよいか分からない。採用面接で退職金の有無を聞かれたり、金融機関から企業型DCを勧められたりすることもあります。よく出る疑問は次のとおりです。
- 退職金は、法律で支払いが義務づけられているのか
- 退職一時金・確定給付企業年金(DB)・中退共・企業型DC・iDeCo+は、何が違うのか
- 会社の負担とリスクは、制度によってどう変わるのか
- 一度始めた退職金は、後から減らせるのか
この記事では、各制度の根拠法をもとに、主な5つの選択肢の違いと判断軸を整理します。従業員向けの制度を対象とし、役員の退職金は扱いません。内容は、2026年11月時点の法令に基づいています。
この記事の結論
退職金の支払いは、法律上の義務ではありません。ただし、就業規則で支給条件を明確に定めた退職金は賃金に当たり、会社は定めどおりに支払う義務を負います。
選択肢は、会社が給付額を約束する型と、掛金を約束する型に分かれます。前者は退職一時金とDB、後者は中退共・企業型DC・iDeCo+です。
条文の根拠
(作成及び届出の義務)
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
(中略)
三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
(労働基準法第89条第3号の2)
退職手当は「定めをする場合」の記載事項です。設けるかどうかは会社が決め、設けるなら対象者・計算方法・支払時期を明記します。
選択肢は、会社が給付額を約束する型と掛金を約束する型に分かれる
主な選択肢は次の5つです。
- 退職一時金:就業規則で定めた額を、会社が自社の資金から支給
- 確定給付企業年金(DB):会社が給付額を約束し、外部に積み立てた掛金から年金や一時金を支給
- 中小企業退職金共済(中退共):会社が掛金を納め、退職金は機構から従業員に直接支給
- 企業型確定拠出年金(企業型DC):会社が掛金を拠出し、従業員が自分で運用
- iDeCo+(中小事業主掛金納付制度):従業員が加入するiDeCoの掛金に、会社が掛金を上乗せ
(1) 給付額を約束する型は、原資の不足を会社が負う
退職一時金とDBは、あらかじめ決めた給付額を支払う制度です。DBでは、積立金が不足すると掛金を計算し直して補います(確定給付企業年金法第62条)。
例えば「勤続20年で500万円」と定めれば、業績にかかわらずその額を準備する必要があります。
(2) 掛金を約束する型は、給付額を会社が直接約束する型と分けて考える
中退共・企業型DC・iDeCo+は、会社が掛金を負担する仕組みです。退職金の額は、掛金と運用の結果で決まります。ただし、会社が別に退職金額や不足額の補填を約束している場合、その支払義務までなくなるわけではありません。制度運営に必要な費用も、掛金と分けて確認します。
退職一時金以外の4制度で会社が負担する掛金は、法人では損金、個人事業主では必要経費になります。従業員の給与として課税もされません(法人税法施行令第135条、所得税法施行令第64条)。
中退共では、会社が掛金を納め、退職金は機構から従業員に直接支払われる
中退共は、会社が独立行政法人勤労者退職金共済機構と契約し、従業員ごとに掛金を納める制度です(中小企業退職金共済法第2条第3項)。退職金は機構から従業員に直接支払われます(同法第10条第1項)。
- 加入できる会社:常時雇用する従業員300人以下、または資本金3億円以下。卸売業は100人・1億円、サービス業は100人・5,000万円、小売業は50人・5,000万円以下(同法第2条第1項)
- 掛金月額:1人あたり5,000円以上3万円以下。短時間労働者は2,000円から(同法第4条第2項)
- 加入させる従業員:原則として全員(有期雇用や試用期間中の人などを除く)(同法第3条第3項)
- 新規加入助成:新規に加入した会社に、加入後4か月目から1年間、掛金月額の2分の1(1人あたり上限5,000円)を国が助成。同居の親族のみを雇用する会社などは対象外
例えば従業員60人の小売業は、資本金が5,000万円を超えると加入できません。また、掛金を納めた月数が12か月未満だと退職金は支給されず、24か月未満では死亡退職を除き掛金の総額を下回ります(同法第10条)。
企業型DCとiDeCo+は、従業員が運用し、原則60歳以降に受け取る
企業型DCは、会社が掛金を出し、従業員が自分で運用商品を選ぶ制度です(確定拠出年金法第1条、第19条第1項)。iDeCo+は、従業員のiDeCo(個人型)に会社が掛金を上乗せする仕組みです(同法第68条の2第1項)。
- 企業型DCの掛金の上限:原則として月額5万5,000円。2026年12月1日からは月額6万2,000円。DBなどにも加入する人は、ここから他制度掛金相当額を差し引いた額(確定拠出年金法施行令第11条。6万2,000円への引上げは令和7年政令第442号による改正)
- 経過措置:2024年12月1日時点で実施されていた企業型DCには、一定の条件で月額2万7,500円の従前枠を確保する経過措置があります。適用と終了の条件は規約ごとに確認します(確定拠出年金法施行令の一部を改正する政令〈令和3年政令第244号〉附則第2項)
- iDeCo+を実施できる会社:企業型DC・DBなどの企業年金がない、従業員(厚生年金被保険者)300人以下の事業主(確定拠出年金法第55条第2項第4号の2)
- 受け取る時期:老齢給付金は原則60歳から。通算の加入期間が10年未満なら61歳以降(同法第33条第1項、第73条)
企業型DCを実施する会社には、運用に役立つ資料の提供などを続ける努力義務があります(同法第22条第1項)。
例えば、企業年金のない従業員30人の会社はどちらも選べます。ただし、企業型DCを始めるとiDeCo+は実施できません。iDeCo+は、従業員本人がiDeCoに加入していることも前提です。
手続き上の義務
手続きは、制度ごとに法律で決まっています。
- 退職一時金:常時10人以上の事業場は、就業規則に定め、過半数代表者等の意見書を添えて労働基準監督署長へ届出(労働基準法第89条、第90条、同法施行規則第49条第1項)
- 企業型DC・DB:厚生年金被保険者の過半数代表者等の同意を得て規約を作り、厚生労働大臣の承認を受けて実施。DBは基金の設立認可による方法も可(確定拠出年金法第3条第1項、確定給付企業年金法第3条第1項)
- iDeCo+:厚生年金被保険者の過半数代表者等の同意を得て、国民年金基金連合会へ届出(確定拠出年金法第68条の2第1項・第6項)
- 中退共:機構と退職金共済契約を締結(中小企業退職金共済法第2条第3項)
違反した場合の罰則
- 退職金制度を設けているのに、その定めを就業規則に記載しない、または就業規則を届け出ない場合(常時10人以上の事業場):30万円以下の罰金(労働基準法第120条第1号、第89条違反)。退職金制度がない会社が退職手当を記載しないことは、違反になりません
- 就業規則の作成・変更で、過半数代表者等の意見を聴かない場合:30万円以下の罰金(同号、第90条第1項違反)
- 就業規則で支給条件を定めた退職金を、定めどおりに支払わない場合:30万円以下の罰金(同号、第24条違反)
補足:一度定めた退職金は、会社の判断だけで自由には減らせない
就業規則を変えて労働条件を不利益にするには、原則として従業員の合意が必要です(労働契約法第9条)。合意がなければ、変更後の就業規則の周知と、変更の必要性や不利益の程度などに照らした合理性が求められます(同法第10条)。
中退共の掛金月額も、従業員の同意か、納付の継続が著しく困難だとする厚生労働大臣の認定がなければ減らせません(中小企業退職金共済法第9条第2項、第8条第3項)。導入前に、20年後も払い続けられる水準かを試算しておきましょう。
関連判例
退職金請求事件(最高裁判所第二小法廷 昭和48年1月19日判決、昭和44年(オ)第1073号、民集27巻1号27頁)
退職金債権を放棄する書面に署名して退職した元従業員が、退職金を請求した事案です。最高裁は、就業規則で支給条件が予め明確に定められた退職金について、会社が当然に支払義務を負うとしました。そのため労働基準法第11条の賃金に当たり、支払には全額払の原則(第24条第1項)が適用されます。
そのうえで、放棄は自由な意思に基づくと認める合理的な理由が客観的にある場合に有効とし、この事案では有効と認めました。
よくある実務事例Q&A
Q.従業員が10人未満で、就業規則がありません。退職金制度は作れますか
作れます。常時10人未満の事業場に、就業規則の作成・届出の義務はありません(労働基準法第89条)。
ただし退職手当の定めをするなら、労働契約の締結時に、対象者・計算方法・支払時期などを明示する必要があります(同法第15条第1項、同法施行規則第5条第1項第4号の2)。退職金規程を作って示しておくと、支給条件をめぐる行き違いを防げます。
Q.自社の資金で退職一時金を支払う場合、資金の保全は法律で義務づけられていますか
義務ではなく、努力義務です。就業規則などで退職手当を支払うと定めた会社には、一定額の保全措置を講じる努力義務があります。保全方法には、金融機関の保証、信託契約、退職手当保全委員会の設置などがあります(賃金の支払の確保等に関する法律第5条、同法施行規則第5条の2)。一定額は、例えば従業員全員が自己都合で退職したと仮定した見積額の4分の1以上です(同規則第5条第1号)。
中退共の契約を結んでいる会社や、DBの加入者を使用する会社などは、保全措置の努力義務の対象外です。ただし、DBの加入資格を限定している場合、その資格により加入者とされない従業員については対象外になりません。過半数労働組合または過半数代表者と、法定の保全措置によらない旨を書面で協定した会社も対象外です(同規則第4条第1項第1号・第3号・第5号、第2項)。
Q.退職金制度がない場合、労働条件通知書に「退職金なし」と書く必要がありますか
正社員については、法律上の義務はありません。退職手当は、会社が定めをしない場合には明示しなくてよい事項です(労働基準法施行規則第5条第1項ただし書)。
一方、パートタイマーや有期契約の社員を雇い入れたときは、「退職手当の有無」を文書の交付などで明示する義務があります(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律第6条第1項、同法施行規則第2条第1項第2号)。
また、会社は労働条件について労働者の理解を深めるようにし、労働契約の内容はできる限り書面で確認するものとされています(労働契約法第4条)。退職金がないことは誤解されやすいため、正社員の労働条件通知書にも「退職金:なし」と書いておくと、入社後の行き違いを防げます。
参考資料・出典
- 労働基準法第89条 ほか(e-Gov法令検索)
- 最高裁判所第二小法廷 昭和48年1月19日判決(裁判所ウェブサイト)
- 厚生労働省「確定拠出年金制度の拠出限度額」
- 厚生労働省「企業型DCの拠出限度額が5.5万円から6.2万円に引き上げられます」(リーフレット)
- 厚生労働省「iDeCo+のご案内(事業主向け)」
- 中小企業退職金共済事業本部「掛金の一部を国が助成してくれるそうですが、どのような制度でしょうか?」




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