この記事の結論
固定残業代(定額残業代)を「何時間分」として設定するかに、法律上の上限はありません。ただし、設定した時間数はそのまま「会社が恒常的に想定している残業時間」とみなされます。そのため、36協定の原則的な限度時間である月45時間以内に収める設計が安全で、月80時間規模の過大な設定は、長時間労働を前提とするものとして制度全体が無効と判断されるリスクを高めます。
条文の根拠
固定残業代を直接規制する条文はありませんが、時間外労働の限度時間と割増賃金の支払義務が、労働基準法に定められています。
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
(労働基準法第37条第1項本文)
法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させるには、労働基準法第36条に基づく労使協定(36協定)の締結・届出が必要で、延長できる時間は原則として月45時間・年360時間が限度です。
固定残業代の時間数を決める判断軸
(1) 36協定の原則上限(月45時間)との整合
月45時間を超える時間外労働が認められるのは、特別条項を結んだ上で「通常予見することのできない業務量の大幅な増加」などに伴い臨時的に必要となる場合に限られます。毎月定額で支払う固定残業代の時間数を45時間超で設定することは、本来「臨時的」であるはずの残業を「恒常的」に想定する制度となり、法規制の趣旨と整合しなくなります。
(2) 特別条項の上限と過労死ライン
特別条項を結んだ場合でも、時間外労働と休日労働の合計は「単月100時間未満」「2〜6か月の平均でいずれも80時間以内」に収める必要があります(罰則付きの上限規制)。月80時間という水準は、労災認定において脳・心臓疾患との関連性が強いと評価されるライン(いわゆる過労死ライン)でもあります。この規模を前提とする固定残業代は、健康確保や安全配慮義務の観点からも不適切とみなされやすくなります。
(3) 実際の残業時間との乖離
時間数は、自社の直近の平均残業時間に見合った水準(例:月20〜30時間)で設定するのが基本です。実際の残業が少ないにもかかわらず、見かけの月給を高く見せる目的などで過大な時間数を設定すると、採用時の労働条件をめぐる誤解や労使トラブルに直結します。
手続き上の義務(規程への明示と差額精算)
固定残業代を適法に運用するには、就業規則(賃金規程)や雇用契約書で、通常の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分を明確に区分して規定・明示する必要があります。加えて、使用者はタイムカードやパソコンのログ等で客観的に労働時間を把握し、実際の時間外労働が設定した固定残業時間を上回った月には、その超過分を差額精算して追加で支払う義務があります。
違反した場合の罰則
割増賃金の未払いは労働基準法第37条違反となり、労働基準法第119条第1号により6か月以下の拘禁刑(2025年6月施行の刑法改正前は「懲役」)または30万円以下の罰金の対象です。さらに、固定残業代の設定が無効と判断されると、その手当が割増賃金の算定基礎に算入されるため、1時間あたりの単価が上がったうえで、未払いの残業代を全時間分について計算し直して支払うことになり、企業にとって大きな金銭的リスクとなります。加えて、割増賃金の未払いについては、労働者の請求により、裁判所が未払額と同一額までの「付加金」の支払いを命じることがあり(労働基準法第114条)、実質的な負担が未払額の倍近くにまで膨らむおそれもあります。
補足:実務上の論点
固定残業代は、導入すれば残業代の計算や労働時間管理が不要になる制度ではありません。「超過分の差額精算」という運用とセットになって初めて適法に機能します。そのためには日々の正確な実労働時間の記録が不可欠であり、労働時間の管理を怠ると、制度全体の有効性が否定される原因になります。
関連判例
固定残業代の時間数を過大に設定することをめぐっては、その有効性を限定的に解釈したり否定したりした裁判例があります。
ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌高裁 平成24年10月19日判決・労働判例1064号37頁):手当に月95時間分の時間外労働等の対価が含まれるとする使用者の主張を排斥し、時間外労働の限度基準(月45時間)を考慮して、月45時間分の限度で割増賃金が支払われていたと判断した事案です。上限を大きく超える時間数の設定がそのまま対価として認められるわけではないことを示しています。
イクヌーザ事件(東京高裁 平成30年10月4日判決):基本給の一部を月80時間分の時間外手当とする定めについて、恒常的な長時間労働を強いる前提であるとして公序良俗違反により無効とされました。時間数を過大に設定すること自体が、制度の有効性を否定する方向に働くことを示した判例です。



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