この記事の結論
懲戒処分は、就業規則に懲戒の種類と事由をあらかじめ定め、それを労働者に周知していなければ行えません。規定がない、あるいは周知されていない状態での処分は、根拠を欠くものとして無効と判断されるリスクがあります。設計の順序は、まず服務規律で「守ってほしい行動」を具体化し、次に懲戒規定で「違反した場合の制裁」を定めるという2段構えで考えます。
条文の根拠
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。(略)
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。(労働契約法第7条本文)
懲戒は「制裁」に当たるため、就業規則に種類・程度・事由を定め、労働者へ周知する必要があります。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、その就業規則を所轄労働基準監督署長へ届け出る義務もあります。その規定が労働契約の内容となるには、周知が前提になります。
服務規律の設計|3つの領域
(1) 基本的な勤務態度
遅刻・早退・欠勤の連絡方法、職務専念、上長の業務上の指示に従うことなど、日々の業務で前提となる行動を定めます。「誠実に勤務すること」といった抽象的な文言だけでは指導の根拠にしにくいため、遅刻時の連絡手順など具体的な行動を併記します。
(2) 企業資産・情報の管理
顧客情報・個人情報の取扱い、社内データの持ち出し、社用パソコンやスマートフォンの私用、SNSでの発信などを定めます。近年は業務中の撮影や顧客情報の投稿がトラブルの起点になりやすく、禁止する行為を列挙しておく必要性が高まっています。
(3) 職場秩序とハラスメント
ハラスメントの禁止、暴行・暴言の禁止、兼業の取扱いなどを定めます。私生活上の行為には原則として企業の管理が及ばないため、対象に含める場合は「会社の信用を損なう行為」など、業務との関連性を示す限定を付します。
懲戒規定の設計|4つの必須要素
(1) 懲戒の種類と程度
譴責・減給・出勤停止・降格・諭旨退職・懲戒解雇など、種類とそれぞれの程度を列挙します。列挙していない種類の処分は行えません。出勤停止は日数の上限もあわせて定めておきます。
(2) 懲戒事由の具体化
服務規律の各項目と対応させる形で、どの行為がどの処分に対応するのかを書き分けます。末尾の包括規定(「その他前各号に準ずる行為」)は実務上必要ですが、拡大解釈は厳格に制限されます。包括規定に頼らないよう、具体事由を可能な限り洗い出しておきます。
(3) 手続きと弁明の機会
懲戒に際して本人に弁明の機会を与えること、必要に応じて賞罰委員会等で審議することを規定に盛り込みます。自社で定めた手続きを踏まない処分は、それ自体が手続的な瑕疵と評価されます。
(4) 自宅待機と重複処分の取扱い
調査中の自宅待機を命じる根拠、その間の賃金の扱い、同一の行為に重ねて処分しないことなどを定めます。調査中の自宅待機は、通常、懲戒処分ではなく業務命令として行うものとし、懲戒としての出勤停止とは別の条で規定します。待機期間が長期化する場合や必要性が乏しい場合は、命令の有効性や賃金請求の可否が問題になります。
手続き上の義務(意見聴取・届出・周知)
常時10人以上の労働者を使用する事業場で服務規律や懲戒規定を新設・変更するときは、過半数組合または過半数代表者の意見を聴いて意見書を添付し、所轄の労働基準監督署長へ届け出ます(労基法第89条・第90条)。意見は聴く必要がありますが、同意を得ることまでは求められていません。
さらに、作業場の見やすい場所への掲示、書面の交付、社内ネットワーク上で常時確認できる状態にするなどの方法で周知します(同法第106条第1項)。届出を済ませても、金庫にしまったままでは周知とは認められない可能性があります。
なお、懲戒事由の追加や処分内容の厳格化が労働者にとって不利益な変更となる場合は、意見聴取・届出・周知を行えば当然に有効となるわけではありません。労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などを踏まえた合理性が必要です(労働契約法第9条・第10条)。
違反した場合の罰則
就業規則の作成・届出義務(労基法第89条)、意見聴取義務(同法第90条)、周知義務(同法第106条)に違反した場合は、30万円以下の罰金が科されます(同法第120条第1号)。また、懲戒としての減給には上限があり、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはなりません(同法第91条。違反は30万円以下の罰金)。規定を作る段階で、減給の上限を超えない文言になっているか確認してください。
補足:実務上の論点
よくある実務事例Q&A
Q. 就業規則は社内ネットワークや書庫でいつでも閲覧できる状態にしていますが、入社時に「どこにあるか」を伝えていません。周知義務を満たしているといえますか。
A. 労基法上の周知方法(掲示・備付け、書面の交付、常時確認できる機器の設置)のいずれかを満たしていれば、形式上は周知義務を満たします。ただし、労働者が存在や場所を知らなければ「実質的に知り得る状態」とは認められない可能性があります。さらに、令和6年4月のモデル労働条件通知書には「就業規則を確認できる場所や方法」の記載欄が設けられています(労働基準法施行規則の明示事項として追加されたものではありません)。入社時に保管場所やアクセス方法を伝えておくのが安全です。
Q. 本社は50人ですが、新しく開設する営業所はパートを含めても常時5人程度です。この営業所の就業規則も届け出が必要ですか。
A. 届出は不要です。作成・届出義務は企業全体ではなく「事業場(場所)単位」で判断するため、場所的に独立した営業所で常時10人未満なら義務は生じません。ただし、内容が合理的であり労働者に周知されていれば、労働契約法第7条に基づき労働契約の内容となり得るため、本社と同じ規則を適用して秩序を揃えておくのが実務的です。なお、複数の事業場で規則の内容が同一の場合は本社一括届出を利用できますが、対象は届出義務のある事業場であり、意見聴取は事業場ごとに行う必要があります。
関連判例
フジ興産事件(最高裁 平成15年10月10日判決)
使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則に懲戒の種別と事由を定めておくことを要し、就業規則が拘束力を生じるためには、その内容を事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要すると判示し、周知の審理を尽くさずに懲戒解雇を有効とした原審を破棄・差戻しました。届出を済ませているだけでは足りないことを示した判例です。
関西電力事件(最高裁 昭和58年9月8日判決)
就業時間外に社宅で会社を誹謗中傷する内容のビラを配布したことを理由とする譴責処分の有効性が争われた事案です。最高裁は、職場外でされた職務遂行に関係のない行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものは規制の対象となり得るとして、本件処分を有効と判断しました。私生活上の行為を服務規律の対象とする際の限界を示した判例です。
ネスレ日本事件(最高裁 平成18年10月6日判決)
就業規則所定の懲戒事由に該当する事実があっても、具体的事情の下で客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないときは、懲戒は権利濫用として無効となるとしました。本件では、暴行事件から7年以上経過した後の諭旨退職処分を無効と判断しています。規定の整備だけでなく、処分の時期も有効性を左右します。
参考資料・出典
- 労働基準法(昭和22年法律第49号、昭和22年9月1日施行)第89条 ほか
- 労働基準法施行規則(昭和22年厚生省令第23号、昭和22年9月1日施行)第52条の2 ほか
- 労働契約法(平成19年法律第128号、平成20年3月1日施行)第7条 ほか
- モデル就業規則 厚生労働省
- モデル労働条件通知書 厚生労働省
- 就業規則の本社一括届出について 厚生労働省
- フジ興産事件(最高裁第二小法廷 平成15年10月10日判決) 労働判例861号5頁
- 関西電力事件(最高裁第一小法廷 昭和58年9月8日判決) 労働判例415号29頁
- ネスレ日本事件(最高裁第二小法廷 平成18年10月6日判決) 労働判例925号11頁


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