懲戒処分は、①就業規則上の根拠、②就業規則の周知、③客観的に合理的な理由、④社会通念上の相当性の4つを満たし、かつ弁明の機会など必要な手続を経ていなければ無効になります。
この記事の結論
懲戒処分が有効と認められるには、まず就業規則に懲戒の種類と事由が定められ、その就業規則が労働者に周知されていることが出発点になります。そのうえで、処分の理由が客観的に合理的で、処分の重さが社会通念上相当と認められ、弁明の機会など必要な手続を経ていることが求められます。根拠規定がない、規定はあるが周知されていない、非違行為に比べて処分が重すぎる、手続を省略した、このいずれかに該当すると、懲戒処分は権利の濫用として無効と判断されます。
条文の根拠
懲戒権の限界を定めた基本条文は、労働契約法第15条です(平成20年3月1日施行)。
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
(労働契約法第15条)
この条文は「使用者が労働者を懲戒することができる場合において」と書き出しています。つまり、懲戒できる根拠があること自体は前提であり、条文が定めるのはその先の限界です。根拠となるのが就業規則で、懲戒(制裁)を設ける場合は種類と程度を記載しなければなりません(労働基準法第89条第9号。相対的必要記載事項)。
有効性を分ける4つの判断軸
(1) 就業規則上の根拠があること
懲戒事由と懲戒の種類(戒告・減給・出勤停止・降格・懲戒解雇など)が、あらかじめ就業規則に定められている必要があります。規定にない処分を課すことはできず、規定のない行為を後から懲戒事由に読み込むこともできません。制定前の行為に新しい規定を遡って適用すること(不遡及)、同一の行為に二度処分すること(二重処分の禁止)も認められません。たとえば「SNSでの自社情報の投稿」を問題視するなら、服務規律と懲戒事由の両方に、あらかじめ具体的な文言を置いておく必要があります。
(2) 就業規則が周知されていること
規定があっても、労働者が知る状態になければ懲戒の根拠にはなりません。就業規則の周知は労基法第106条第1項の義務であり、書面交付・掲示・備置き・社内ネットワークでの常時閲覧などの方法によります。「社長の机の引き出しに保管している」「総務に言えば見せる」という運用は周知として不十分です。
(3) 客観的に合理的な理由があること
懲戒事由への該当性を、証拠に基づいて認定できることが必要です。無断欠勤なら日数と連絡の有無、経費の私的流用なら金額と件数、といった事実を記録で示せる状態にします。本人の言い分と食い違う場合に、伝聞のみで処分を組み立てると、後の紛争で認定が崩れます。
(4) 社会通念上相当であること(相当性)
非違行為の重さと処分の重さが釣り合っていることが求められます。判断のポイントは、行為の性質・態様、企業秩序や業務への影響、故意か過失か、本人の反省の程度、過去の処分歴、そして同種事案での他の従業員の扱い(平等取扱い)です。1回の遅刻や軽微なミスで懲戒解雇とすれば、相当性を欠くと判断されます。まず口頭指導・注意書、次に戒告、それでも改まらなければ出勤停止と、段階を踏んだ記録を残す運用が相当性の裏づけになります。
手続き上の義務(弁明の機会・減給の限度)
就業規則に懲戒委員会や弁明の機会に関する定めがある場合、その手続を省略すると、それ自体で処分が無効になり得ます。規定がなくても、本人に事実を告げて説明を聞く機会を設け、その記録を残すのが実務の原則です。
減給には法律上の上限があります。1回の額は平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、総額は一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはなりません(労基法第91条)。出勤停止期間中の賃金を支払わないことは、労働の提供がないための無給であり、この減給の制限にはあたりません。なお、懲戒解雇であっても解雇予告は当然に不要ではなく、予告なしに即時解雇するには労働基準監督署長の解雇予告除外認定が必要です(労基法第20条第1項ただし書・第3項)。
違反した場合の罰則
懲戒の定めを就業規則に記載しない、または就業規則を周知しない場合は、30万円以下の罰金の対象です(労基法第120条第1号)。減給の制限を超える減給も同じく30万円以下の罰金の対象となります(同号)。加えて、懲戒処分が無効と判断されれば、減給・出勤停止分の賃金の遡及払いや、懲戒解雇の場合は解雇時からの賃金相当額の支払いを求められることになります。
補足:実務上の論点
見落としやすいのが、処分理由の「後出し」です。処分時に認識していなかった別の非違行為を、後の紛争段階で理由として追加することは、原則として認められません。処分通知書には認定した事実と該当する就業規則の条項を明記し、その範囲で処分の当否が判断されることを前提に組み立てます。もう一点、非違行為から処分までに長い時間が空くことも危険です。企業秩序の回復という懲戒の目的が薄れ、処分の必要性が否定される方向に働きます。
関連判例
フジ興産事件(最高裁 平成15年10月10日判決)
就業規則の懲戒規定を根拠とする懲戒解雇の有効性が争われた事案です。最高裁は、使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種類および事由を定めておく必要があり、就業規則が効力を生じるためには内容を適用対象の労働者に周知させる手続が採られていることを要すると判示し、周知の点を審理しなかった原審の判断を破棄しました。規定の存在と周知が懲戒の前提条件であることを示した基本判例です。
山口観光事件(最高裁 平成8年9月26日判決)
懲戒処分を争う裁判の途中で、使用者が新たに労働者の経歴詐称(年齢の虚偽記載)を処分理由として追加主張した事案です。最高裁は、懲戒処分は理由とされた非違行為との関係で適否が判断されるべきであり、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないと判示し、事後的な理由の追加(後出し)を否定しました。
あわせて確認したい視点
懲戒処分の適否は、処分の瞬間ではなく、日常の指導記録の積み上げで決まります。注意・指導の段階から日付・事実・伝えた内容・本人の反応を短くても残しておくと、いざ処分が必要になったときの相当性の説明が格段に容易になります。就業規則の懲戒事由も、ハラスメント・情報漏えい・副業・SNSといった近年の類型が現行規定でカバーできているか、点検しておくことをおすすめします。
よくある実務事例Q&A
Q. 懲戒処分として減給を予定していますが、月給からだと限度額が少なくなってしまいます。賞与から差し引く形にすれば、「賞与総額の10分の1」まで大きく減額できるのでしょうか?
A. 賞与から減給する場合でも、1つの懲戒事案につき減給できる額は「平均賃金の1日分の半額」が上限となります。複数の異なる懲戒事案に該当した場合に、その半額を積み重ねて「結果的に賞与総額の10分の1を限度として減給できる」に過ぎず、1つの制裁事案だけで賞与の1割を大きく減額することは労働基準法第91条違反となります。
Q. 時給制のパート従業員に対して、懲戒処分として「時給を10円減額する」ことを検討しています。計算上、1回の減額幅や総額の1割という制限内に収まっていますが、問題ないでしょうか?
A. 懲戒処分としての「恒久的な時給の引き下げ」は、1回の事案について何回にもわたって減給を繰り返すことと同じとみなされ、労働基準法第91条の「減給の制裁」の制限に抵触するおそれがあるため、現実的にはできません。ただし、懲戒処分とは別に、「職務の内容」に何らか変化を伴う形にして賃金を見直す場合など、有効といえるのであれば、減給の制裁とは別問題として考えることが可能です。
参考資料・出典
- 労働契約法(e-Gov法令検索):第15条(平成20年3月1日施行)
- 労働基準法(e-Gov法令検索):第20条、第89条第9号、第91条、第106条第1項、第120条第1号
- フジ興産事件(最高裁 平成15年10月10日判決)
- 山口観光事件:最高裁 平成8年9月26日判決
- 個別労働関係法ハンドブック(労働政策研究・研修機構)




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