この記事の結論
問題社員への対応で最終的に会社側の対応の成否を分けるのは、「問題行動があったか」ではなく「会社が指導し、改善の機会を与えた事実を客観的に示せるか」です。指導記録は、日時・場所・当事者・具体的な行動・経緯・指導方法と、本人の弁明、改善期限をセットで残してください。口頭注意のみで記録がない状態では、裁判になった場合に、指導の事実や具体的な内容を立証できないリスクがあります。
条文の根拠
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。(労働契約法第16条)
使用者は、労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。(労働契約法第15条)
解雇・懲戒の有効性を基礎づける事実については、実務上、会社側に具体的な主張・立証が求められます。指導記録はその立証資料そのものです。
指導記録に残す5つの要素
(1) 事実(評価ではなく行動)
「やる気がない」、「協調性がない」は評価であり、証拠になりません。
「9月3日始業時刻9時に対し9時25分に出社。事前連絡なし」のように、観察できる行動と数値で書きます。
(2) 会社が伝えた指導内容
「注意した」ではなく、「始業10分前の出社と、遅刻時は始業前の電話連絡を指示した」と、求める行動を特定して記載します。
(3) 本人の言い分(弁明)
本人の説明をそのまま記録します。弁明の機会を与えた事実が、懲戒の手続的相当性を支えます。反論があった場合ほど、要約せず原文に近い形で残してください。
(4) 改善期限と再確認日
「1か月後の10月3日に勤怠状況を再確認する」と期限を切り、その日に必ず再面談します。期限のない指導は「改善の機会を与えた」と評価されにくくなります。さらに、「期限までに改善が見られない場合は、より重い処分や雇用の継続を検討せざるを得ない」という見通し(警告)を具体的に伝えた事実も記録してください。
(5) 作成者・作成日・同席者
面談当日または翌営業日までに作成します。後日まとめて作成した記録は信用性が下がります。可能なら上長のほか人事担当者を同席させ、署名または押印を得ます。
段階的な手続きと解雇回避努力
懲戒処分を行うには、就業規則に制裁の種別・程度を定め、周知していることが前提です。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、制裁の種類と程度を就業規則に記載し、行政官庁へ届け出る義務があります(労働基準法第89条第9号)。手続きの段階としては、軽微な勤務不良や能力不足であれば、口頭注意→書面による注意指導→譴責(始末書)→減給・出勤停止と、問題の程度に応じて段階的に対応するのが一般的です。ただし、横領や暴行などの重大な非違行為では、行為の性質・態様や就業規則の定めに応じ、段階を経ずに直ちに重い処分が相当となる場合もあります。
なお、能力不足・成績不良が問題の場合は、懲戒の段階を踏むだけでは不十分です。適性に合った職種への配置転換や、業務内容に見合った職位への降格など、人事権の行使による適材適所の模索を検討したかどうかが、解雇回避努力として有効性を左右します。検討した配置先と、提示・見送りの理由も記録に残してください。
減給の制限(罰則)と降格に伴う賃金低下の違い
就業規則の作成・届出義務に違反した場合、30万円以下の罰金が科されます(労働基準法第120条第1号)。また、ペナルティとしての「懲戒処分による減給」には上限があり、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはなりません(同法第91条。違反は30万円以下の罰金)。
ただし、この制限がかかるのは懲戒処分の減給のみです。職務内容の変更や人事権の行使としての「降格」によって役職手当などが下がる場合には、第91条の制限は適用されません。両者を混同しないよう注意が必要です。ただし、降格による賃金低下であっても、就業規則等に根拠規定があり、かつ人事権の濫用に当たらない(不当な動機がない、不利益が著しすぎない等)と認められる必要があります。
よくある実務事例Q&A
Q. 本人が始末書の提出や記録への署名を拒みます。
A. 提出・署名を強制する必要はありません。署名を求めた日時、説明した内容、本人が署名を拒否した事実とその理由を、立会人とともに客観的に記録してください。ただし、署名拒否には内容への異議や事実認識の相違など正当な理由もあり得るため、拒否したこと自体を理由に不利益な評価をすることは避けます。
Q. 就業規則に該当しそうな具体的な懲戒事由がありません。末尾の「その他前各号に準ずる不適切な行為があったとき」という包括規定を根拠に処分してもよいでしょうか。
A. 包括規定を根拠に処分すること自体は可能です。ただし、具体的な事由が明記されていない分、その問題行動が「他の具体的な懲戒事由と同程度に重い違反である」と客観的に説明できるかどうかが有効性を左右します。懲戒には罪刑法定主義に類する考え方が及ぶため、包括規定の拡大解釈は厳格に制限されます。その行為が企業秩序を現実に侵害したと評価できるか(実質的該当性)を検証し、その判断過程も記録に残してください。
Q. 重大な不正行為が発覚し懲戒解雇を予定していますが、本人は最後まで事実を認めません。否認のまま解雇すると無効とされるリスクは高いでしょうか。
A. 本人が否認している場合でも、客観的証拠によって非違行為を認定できれば、懲戒処分や解雇を検討できます。自白や始末書の有無だけに依存せず、本人の言い分(弁明)を正確に記録にとどめつつ、調査記録、電子データ、関係者の供述などを相互に確認し、事実認定の過程を記録することが重要です。弁明の記録は事実認定の資料であるだけでなく、「手続きとして公平に弁明の機会を与えた」という手続的相当性を支える防波堤になります。
関連判例
セガ・エンタープライゼス事件(東京地裁 平成11年10月15日決定)
成績不良を理由とする解雇について、労働能率が平均水準に達していないというだけでは足りず、教育・指導による改善の余地や、配置転換の可能性を検討すべきとして、解雇を無効と判断しました(地位保全・賃金仮払いの仮処分決定)。能力不足型の問題社員対応では、指導と改善機会の付与を記録で示せるかが分岐点になります。
日本アイ・ビー・エム事件(東京地裁 平成28年3月28日判決)
現在の担当業務に関して業績不良があるとしても、適性に見合った職種への転換や職位への降格、または一定期間内に業績改善が見られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた上での業績改善機会の付与などの手段を講じることなく行われた解雇は、権利濫用として無効と判断されました。警告の具体性が改善機会の実質を担保することを示した裁判例です。
あわせて確認したい視点
記録は個人の手控えではなく、会社の記録として保管してください。担当者の異動や退職で記録が散逸すると、証拠としての連続性が失われます。指導記録の様式を統一し、人事ファイルに一元保管する運用を、問題が起きる前に整えておくことをおすすめします。


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